【第1回】マーガリントーストの思い出(永井光暁の「日々是飯日」)


この連載記事は、〈アレ★Club〉事務局長の永井光暁が、普段の生活の中で食べたものについて思ったことをつれづれと書いていく、少し風変わりな食べ物エッセイです。

職業柄、と言うわけではないが、飲食店の手伝い仕事をしていると、日に二〜三回ほど近所のスーパーに行く。店に必要なものをカゴに入れつつ、その日の夕飯のおかずやチョット試してみたい新商品なんかを見て回るが、謝恩品や特価品(大体の場合、1000円以上の購入で割引になるパターンが多い)に目が行くのは、商売人の家の人間だからなのか、それとも自分の生来の性格ゆえなのか、未だにはっきりとしない。

とはいえ、友人と一緒にスーパーで買い物をした時に、割引シールが貼られた生鮮食品や、世間的にはゲテモノであるためにほとんど売れなかったと思しき商品(たとえば「温めなくても美味しいレトルトカレー」や「ケーキ味のカップ焼きそば」などだ)を見つけて手に取ると、「よくそういうの見つけるね」と茶化された程度には、自分は目ざとい人間であるらしい。

そんな感じで先日もスーパーにバターを買いに行ったのだが、カゴを持ってバター売り場に行くと、ふと並べて置かれているマーガリンが目に留まった。色んなメーカーから出ているが、よく見てみると、どのマーガリンにも「部分水素添加油脂不使用」や「トランス脂肪酸量の低減に取り組んでいます」といった文言が記載されている。それを見ながら僕は、しばらくマーガリンを買っていないことにふと気付いた。

マーガリンに含まれている「トランス脂肪酸」は、正確には「トランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸」のことだ。トランス脂肪酸にはいくつかの種類があり、全てのトランス脂肪酸に問題があるわけではない(実際、「共役リノール酸」と呼ばれるトランス脂肪酸の一種には、体内脂肪の分解・燃焼を促進する効果があると言われている)が、一般的には、多量に摂取することで心臓や血管といった循環器に疾患を発症するリスクが高まるとされている。

このトランス脂肪酸は、マーガリンやショートニングといった植物性油脂を加工した食品に多く含まれているが、その原因は作り方にある。マーガリンの場合、原料となる植物油に食塩やビタミン類(「バター風味」を売り文句にしている商品の場合は、これに粉乳や発酵乳などが追加される)を加えて、乳化するまで練り合わせるが、その際、常温でも固体の状態を保つために、水素か、もしくは「部分水素添加油脂」と呼ばれる、あらかじめ水素が添加された油脂が足される。この時、化学反応によってトランス脂肪酸が発生する。

そんなトランス脂肪酸だが、循環器疾患を発症するリスクがあることが2003年のWHO(世界保健機関)とFAO(国際連合食糧農業機関)のレポートで報告されて以来、アメリカのように政策レベルで削減に取り組む国も存在する。また、同レポートではトランス脂肪酸の1日の摂取量を、総エネルギー摂取量の1%未満にするよう勧告がなされており、農林水産省によると、日本人の場合は1日当たり2グラム未満であるとされている(※1)

このように近年悪評が高まっているマーガリンだが、日本では今年(2018年)に入ってから、部分水素添加油脂を使用せず、トランス脂肪酸の含有量を抑えた商品が各メーカーから発売されるようになった。今年2月の毎日新聞の記事によると、雪印メグミルクと明治の新製品については、1回の使用量当たり、10年前の商品と比較して含有量を1割程度まで低減している(※2)

飲食に携わる人間である以上、トランス脂肪酸のリスクについては一応知っていたが、今年に入ってからトランス脂肪酸の含有量が劇的に減った商品が登場したことは、恥ずかしながら先述のスーパーでマーガリンを見つけ、先の文言を読んで初めて知った。久々にマーガリンに目が向いたせいか、僕は小学生の時のことをふと思い出し、某大手メーカーのマーガリンと、5枚切りの食パンをカゴに入れて、家に帰ってマーガリントーストを作ってみることにした。

僕が小学生の時、給食のほとんどはパン食だった。当時の記憶はもう大分薄れているが、ご飯が出てくるのはカレーや丼物の時が多く、白飯でおかずを食べるような献立はそんなに多くなかったように思う。その割に、パンの種類だけはやたらと凝っていて、コッペパン、食パン、丸パン、ツイストパンなど、形を変えたパンが日替わりで出てきた。今にして思えば、アレは飽きが来ないようにするための、大人たちによる細やかな気配りだったのかもしれない(当時の自分にとってはありがた迷惑だったが)。

こうした給食のパンには、ほぼ必ず袋入りのマーガリンが付いてきた。時々袋入りのジャムや餡子、チューブに入ったハチミツが登場する時もあるが、それでもマーガリンの割合が圧倒的に多かったと記憶している。当時の僕はマーガリンの油臭さが苦手(事実、僕は今でもチーズの乳脂肪を植物性油脂に置き換えたシュレッドの風味が嫌いだ)で、またほぼ毎回パンとマーガリンがセットになって出てくるため、「マーガリン=パンに塗って食べるもの」という思い込みが強くなり、パン食の日は決まってパンを残していた。

幸いなことに、僕の通っていた小学校は「食べ終わるまで席を立ってはいけない」というような校則や先生の指導はなく、「パンは家に持って帰ってもいい」と言われていたので、家からビニール袋を持参して、それにパンとマーガリンを入れ、ランドセルに詰めて家に持って帰っていた。

家に持って帰ったパンは、母親がお昼過ぎのおやつとしてトーストにして食べていた。ウチにはトースターがなかったので、ガスコンロの魚焼きグリルの水を捨て、それからパンを焼いていた。母はそのこんがりと焼いたパンにマーガリンを塗って食べる(時々、家にあるジャムを一緒に塗ったり、スティックの粉砂糖をふりかけたりもしていた)のだが、普段はパンを食べない僕でも、その匂いは美味しそうに感じた。

ある日、母の食べているトーストの匂いがあまりに美味しそうだったので、僕は母にねだって一口食べてみた。普段は味気ないパンが、香ばしくてとても美味しかった。あれほど苦手だったマーガリンも、熱で溶けてパンに染みた部分がこってりとしていて良い風味だった。不思議に思った僕は、給食のパンはどうして不味そうなのか母に尋ねた。母は笑いながら「パンを焼いてへんからや」と答えた。それ以来、僕は可能な限りパンをトーストしてから食べるようにしている。

帰宅して、早速食パンをトーストしてみる。小学校を出て20年が経過した今でも、ウチにはトースターがない。代わりに、あの頃に母がやっていたように、ガスコンロの魚焼きグリルでパンを焼いた。ちなみに、今ウチにある魚焼きグリルは水無しグリルになっている。些細なことかもしれないが、ここでも時間の流れを感じた。片面ずつ数分焼き、グリルから取り出す。

さて、ようやくマーガリンの出番だ。グリルから取り出したばかりのアツアツのトーストにマーガリンを塗っていくだけだが、塗っている感触はバターよりも柔らかく、焼けたパンの熱でスッと溶けていく。手に付かないよう、慎重かつ満遍なく塗ったら、マーガリントーストのできあがりだ。早速、一口かじってみる。

久々に食べたマーガリンの味は、良い意味でマーガリンらしくなかった。昔食べたマーガリンは熱を加えても何処か油臭さがあったが、僕が口にした新しいマーガリンは、その時のそれよりもしつこくなくて食べやすかった。バターとの違いはあるものの、あっさりとしている分、「コレはコレでアリ」という感じの味だった。遅れて帰宅した母にも食べてもらったが、ほぼ毎日食べていた母にも「昔よりも美味しくなってる」と感じられるらしい。

マーガリンに限らず、トランス脂肪酸は様々な食品に含まれている。揚げ物に使われるショートニングはもちろん、牛肉・羊肉といった食肉や、チーズ・バターなどの乳製品にもだ。とはいえ、トランス脂肪酸の危険性に気付いた人が増えたおかげで、少なくとも食用油脂や加工食品については、トランス脂肪酸の含有量は年々減っているらしい。

久々のマーガリントーストは美味しかったが、個人的な好みとしては、やはりマーガリンよりもバターの方が好きだ。ただ、バターの原料である生乳は、年々生産量が減少している(※3)。いつでもバターが食べられるに越したことはないが、比較的安定してかつ安価に生産・供給可能なマーガリンにも一定の需要がある。

これまでの僕は、半ば盲目的にバターを使い続けていた。言い換えれば、勝手な思い込みで、自分の口にするものの選択肢を狭めていた。しかし、今回マーガリンを現状について調べて、実際にマーガリンを口にしてみることで、「たまにはマーガリンもアリだな」と思うようになった。

「食べ物」は誰もが口にするものである反面、僕たちにとって「当たり前のもの」となりやすい。そのため、しばしばその成り立ちや、それを作る人々の労力や工夫があることを忘れがちだ。しかし、今ではネットを使って、それらについてある程度調べることができる。僕たちにとって「当たり前のもの」になっている「食べ物」だからこそ、その成立背景や作り手の創意工夫を知ることで、日々の食生活を、今よりちょっぴり豊かなものにできるかもしれない。

【註釈】
(※1)
「すぐにわかるトランス脂肪酸」(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trans_fat/t_wakaru/

(※2)
「マーガリン 低『トランス脂肪酸』強調 相次ぐ新製品」(毎日新聞,2018年2月27日配信記事)
https://mainichi.jp/articles/20180228/k00/00m/020/136000c

(※3)
農林水産省が発表している「牛乳乳製品統計調査」によると、2017年の生乳生産量は約729万トンで、2002年(約838万トン)と比較して約14%減少している。

次回:【第2回】卵かけご飯(TKG)の魅力(永井光暁の「日々是飯日」)

[記事作成者:永井光暁]