夏祭りとテキ屋と非日常


8月に入ったが、「今年も残り5ヶ月か」などと言ってはいられないくらい、暑い日が続いている。夏が暑いのは当たり前かもしれないが、今年は体感的にも例年以上に暑い。少し調べてみたが、先々週の1週間(7月23日~7月29日)に熱中症で救急搬送された人の数が、今年は昨年と比べて約2.5倍に増えているらしい(※1)

しかし、それにしても暑い。自宅ではエアコンを入れているので過ごしやすいが、日中に外に出たり、あるいは飲食店の手伝い仕事で店に行くと、1時間もすればシャツを雑巾みたいに絞ることができるくらい汗だくになる。お客は「若いから新陳代謝がええんやねぇ」と笑っているが、そう言っている向こうも汗だくなので、ここまで来ると新陳代謝云々の問題ではないのでは、と思うのは僕だけだろうか。

今書いているこの記事は、「コレ!」編集長の堀江くらはから昨日「永井さん、何か時事性のある記事を書いてくださいよ」と急に言われて書き始めたものだ。記事を書くことは決して嫌いではないが、流石にこれだけ暑いと、エアコンが効いている部屋にいても、何となく気が乗らないし、体も何処となくだるい。

夏バテは仕方ないにしても、何か気分が明るくなるようなイベントはないだろうか。そう思って「大阪 8月 イベント」で検索してみたが、大阪の夏祭りを締め括る住吉大社の夏祭りも、PLの花火大会(教祖祭PL花火芸術)も、さらには淀川の花火大会(なにわ淀川花火大会)もとっくに終わってしまった。結局、僕は今年も夏祭りに行けなかった。

大阪の夏祭りは、毎年6月30日~7月2日に行われる「愛染まつり(愛染さん)」に始まり、7月30日~8月1日に行われる「住吉祭(住吉さん)」で終わる。また、これに「天神祭(天神さん)」を加えて、「大阪三大夏祭り」とされている(※2)

「大阪三大夏祭り」のうち、日本の三大祭りに数えられる「天神さん」と、日本各地に点在する住吉神社の総本山である住吉大社で行われる「住吉さん」は全国的にも有名だが、「愛染さん」については知らない人も多いのではないだろうか。しかし、「大阪三大夏祭り」で唯一仏教寺院で開かれるこの夏祭りは、実は日本最古の夏祭りであると言われている。

「愛染さん」が行われる愛染堂勝鬘院は、593年に聖徳太子が現在同寺院が建っている場所に開いた「施薬院」を起源とする。施薬院とは、聖徳太子が制定した「四箇院制度」(※3)によって建てられた院の一つであり、怪我や病気で苦しむ人々のために薬草の栽培・提供を行う、庶民向けの救済施設(今で言う薬局)である。「愛染さん」の正確な成立時期は不明だが、聖徳太子の大乗仏教信仰の意向を受けて行われたと伝えられており、現在に至るまで大阪の人々に親しまれている。

そんな「愛染さん」は、例年ならば多くの露店が立ち並び、多くの人々でごった返すのだが、今年から露店の出店を中止した。僕もその話は春頃に人伝で聞いていたが、改めて調べてみると、どうやらゴミの不法投棄や開催期間中の自転車の違法駐輪が原因で、近隣住民からの苦情が相次いだらしい(※4)。夏祭りのマナー問題は毎年耳にするし、いわゆる「ハレ」の日が忌み嫌われてしまっては本末転倒なので仕方のないことかもしれないが、露店のない夏祭りというのは、やはり寂しさが否めない。

ところで、お祭りに出てくる露店は、そのほとんどを「テキ屋」と呼ばれる人たちが商っている。「テキ屋」の「テキ」は漢字で「的」と書くが、この言葉の由来は諸説あり、射的屋の略称説、くじ引きや射的が当たれば儲かることから「的と矢」になぞらえた説などがある。またこの他にも、大道芸を客を寄せて薬を売る人々のことを「香具師(やし)」と言うが、この香具師のことを仲間内で「ヤー的」と呼んだため、これが逆さになって「テキ屋」になったとする説も存在する。

「ヤー的」が「テキ屋」になったとする説については、個人的には少し無理があるような気もする。しかし、テキ屋家業の人々が「香具師」と呼ばれていた人々と同じように、医薬と農耕を司る神である「神農」を信仰していることを鑑みれば、この説もあながち間違いではないのかもしれない。ちなみに余談だが、『日本書紀』に登場する「弓月君(融通王)」という渡来人は神農の子孫とされており、日本で初めて露天商を営んだという伝説が存在する。

「テキ屋」や「露天商」と言うと、映画好きの方の中には、『男はつらいよ』の主人公である「寅さん」こと車寅次郎を思い出す人もいるのではないだろうか。「四角四面は豆腐屋の娘、色が白いが水臭い。四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姐ちゃん立ちションベン」、「ヤケのヤンパチ日焼けのナスビ、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよ」など、軽快な口上を発しながら商売に勤しむ寅さんだが、寅さんの商いは「啖呵売」と言い、話術でお客を楽しませて、相手をいい気分にさせて物を売る商売のやり方だ。

以前両親から聞いたことだが、一昔前は大阪の夏祭りにも啖呵売をする露店が大勢あったらしい。しかし、他の地域はさておき、最近は夏祭りに行っても(そう言う僕自身は数年行けていないが)啖呵売をしている露店を見ることはほとんどない。とはいえ、商売柄「十日戎(えべっさん)」に行くと、今でも「堺の包丁」や「龍のひげ」を口上を発しながら売る様子を見ることができる。啖呵売の精神は、ある意味で実演販売に受け継がれているのかもしれない。

ここまで書いてふと思い出したが、高校生の頃、とあるツテでテキ屋のアルバイトをしたことがある。丁度PLの花火大会の時のことで、人手が足りないからと知り合いのテキ屋さんに頼まれた。テキ屋の経験など当然なく、それなりに不安はあったが、テキ屋さんから「商売やってる家の子やし、お店よりも楽やで」と言われたので、思い切って行ってみることにした。

花火大会当日の朝、家の近所までテキ屋さんが車で迎えに来てくれた。「友達も何人か誘ってや」と言われたので友人数名と一緒に行ったのだが、3列のワゴン車に乗り、後部座席には商売道具がギッシリと詰め込まれていた。1時間ほど車に揺られて、僕たちは目的地に着いた。その場所が何処だったのか正確には覚えてはいないが、確か花火の見物スポットの一つで、普段は車道になっているが花火大会の時だけ通行止めになる場所だったような気がする。

その日の僕たちの仕事は、お好み焼きを作ってお客に売ることだった。テキ屋さんが露店の設営をしている間に、僕たちは大量のキャベツを細かく切っていく。豚肉はあらかじめスライスされたものが用意されていたが、朝から昼過ぎまで延々とキャベツを切り続けたのは流石に骨が折れた。オマケに、テキ屋さんは僕たちに「俺はこの店の向かい側でやるから、ここは君らで頼むで」と言ってきた。高校生と言っても子供だけで大丈夫かと尋ねたが、テキ屋さんは「光暁君なら料理できるし、いけるやろ」と笑っていた(結果的に上手くいったが)。

ところで、その時のバイトで印象的だったのが、準備の途中に警察がやって来て、テキ屋さんに向かって「誰に断って商売しとるんじゃ!」と物凄い剣幕で言ってきたことである。テキ屋さんは警官に「すんまへん、許可なら取ってますさかい」と言って頭を下げていたが、訝しがった警官は「ホンマかいな、チョット話聞かせてもらおか」と、テキ屋さんを連れて何処かに行ってしまった。

数時間後(確か夕方前だった)、テキ屋さんが戻ってきた。僕は大丈夫か尋ねたが、テキ屋さんは「大丈夫大丈夫、いつものことやから」と言って笑っていた。その後、僕は花火が打ち上がるまでひたすらお好み焼きを焼いてはお客に売っていったのだが、途中、テキ屋さんが一人でやっていた向かい側の露店のサポートに入った時、先程の警官が目の前で来場者の誘導をする姿を目にした。その警官だが、最初の態度とは打って変わって、花火が打ち上がっている時もテキ屋さんと「今年もえぇ花火やなぁ」なんてことを言いながらニコニコと笑って話していた。その時の花火大会は今までで一番近くで見ることができたのだが、そんな出来事があったからか、花火の迫力以上にその警官の変わりっぷりの方が印象に残ってしまっている。

夏祭りに行けなかった憂さ晴らしに、ここまで夏祭りとテキ屋のことについて書いてきたが、それらのことを思い出せば思い出すほど、今年も夏祭りに行けなかったことがつくづく悔やまれる。正月の初詣や「えべっさん」もれっきとしたお祭りだが、夏の暑い時期に汗をかきながら露店を冷やかして回るのが好きな身としては、やっぱり何処か寂しいものがある。

先日、お祭りや花火大会を体験するVRコンテンツがあることを、とあるネット記事で知った(※5)。なるほど、確かに花火大会なんかは会場が遠いと交通費がかかるし、行く時も帰る時も道は混む。オマケに、会場は人でごった返していて、最悪の場合、せっかく行ってもろくに花火を見れずに終わるなんてこともよく聞く話だ。そう考えると、VRというある意味で「特等席」と言える場所で花火を見物するのにも、一定の需要があるのかもしれない。

しかし、VRというツールは、そもそも僕たちの日常とは全く異なるもの、たとえば恐竜との遭遇や架空の異世界への旅などを疑似体験させるものだ。そこでは、「お祭り」という場所で私たちが体験する、自分たちの日常との近しさを保ちつつも、やっぱりいつもとは少し違う空気感が、VRコンテンツの持つあまりにもファンタジックな性質ゆえに失われてしまう。そこには、一緒にお祭りを体験をする気の置けない仲間もいなければ、露店を食べ歩く楽しみもない。

また、古い考え方かもしれないが、お祭りに行けば、玉子が増えると胸焼けがするから当たってもあまり嬉しくない「玉子せんべい」や、飴の部分が甘過ぎてリンゴの味が全くしない「リンゴ飴」などはもちろん、虫ピンを使うよりも手でやった方が成功確率の高い「かたぬき」なども、暑い中を目だけではなく口や手も使って楽しみたい。

実際、VR体験が持つある種の過剰なファンタジックさは、それが主に視覚だけを使って楽しむもの、つまりは僕たちが普段過ごす時のような五感を用いた体験とは異なるがゆえのものだ。このように考えていくと、五感を万遍なく使った体験は、それだけで僕たちに親しみやすさを与えてくれるものなのかもしれない。

繰り返しになるが、「愛染さん」での露店の出店中止のニュースは本当に残念だった。来年以降どうするかは現在協議中らしいが、個人的には再開を願っているし、それはテキ屋家業の人々も同じだろう。ただ、「愛染さん」をきっかけに、もしかすると露店の数を減らしたり、あるいは露店そのものがなくなるお祭りが今後も出るかもしれない。いずれにせよ、お祭りという「非日常」がこれ以上遠いものにならないよう、今後の行く末を見守りたいと思う。

【註釈】
(※1)
「平成30年都道府県別熱中症による救急搬送人員数(前年同時期との比較)」(総務省消防庁)
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/heatstroke/pdf/300723-sokuhouti.pdf

(※2)
「天神祭」は日本の三大祭り(他は京都の「祇園祭」と東京の「神田祭」)に含まれているため、これを除外して「生玉夏祭(生玉さん)」を代わりに含める場合もある。

(※3)
「四箇院制度」(四天王寺公式HP)
http://www.shitennoji.or.jp/link.html

(※4)
「大阪三大夏祭り『愛染まつり』露店を中止、ごみ投棄多く」(日本経済新聞,2018年5月8日配信記事)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30230460Y8A500C1AC8000/

(※5)
「『花火大会』シーズン 敢えて『VR』で楽しんでみる」(ZUU online)
https://zuuonline.com/archives/162402

[記事作成者:永井光暁]