高知県立大学の蔵書焼却処分問題から考える「図書館」が抱える苦しみ

◆次々と起こる図書の廃棄・処分問題

一昨日、高知県立大学が図書館の新設に伴い、新館に入り切らない蔵書約3万8千冊を焼却処分したというニュースが報じられた。焼却された蔵書の中には、戦前に出版された郷土資料や現在では入手困難な絶版本も含まれているらしい。

高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数
https://www.kochinews.co.jp/article/207853/

このニュースに対しネット上では様々な意見が飛び交っているが、そのほとんどは「知の機会を奪うつもりか」、「大学が本を焼くとはどういうことだ」と大学側の対応を批判しているものが多い。また、この件に関して古書店で働いておられる方がnoteで記事を投稿したが、当初の記事タイトルが「高知大学蔵書の処分は適切だったのではないか」と「県立」を付け忘れたために炎上が起こったりもしている(現在は修正済み)。

高知県立大学蔵書の処分は適切だったのではないか
https://note.mu/ennmado/n/n78e83498df25

今回の高知県立大学の件に限らず、昨今は図書館における蔵書の廃棄問題がテレビや新聞、ネットで話題になることが多い。話題になったものとしては、佐賀県の武雄市図書館が資料価値の低い本を大量購入する一方で郷土資料を廃棄したニュース(※1)や、仏文学者の桑原武夫(1904~1988)の蔵書を京都市右京中央図書館が遺族の意向を確認せずに廃棄したニュース(※2)などがある。また、私立図書館においても今年6月に雑誌専門の図書館である六月社が経営難により閉館し、約10万冊の蔵書が焼却処分の危機にあると報じられた(※3)

◆高知県立大学の対応の何が批判されているのか?

今回の対応について高知県立大学側から昨日、野嶋佐由美学長名義の謝罪文が公式サイト上に掲載された。

高知県立大学永国寺図書館の蔵書の除却について
http://www.u-kochi.ac.jp/soshiki/7/oshirase.html

また、謝罪文やこれまでに上がっている情報を確認する限り、この件で批判の的になっていることは、大別すると次の2点に集約されると考えられる。

①資料価値の高い郷土資料や絶版本を譲渡会や古書店への売却などを実施せずに焼却処分を行ったこと

②新しく建てた新館の収蔵能力が旧館と比較して同程度だったこと

この2点について私見を述べれば、①は図書館の蔵書印を押している書籍については買い取りを断る古書店もある。また、国公立大学の図書は基本的には税金で購入しているため、たとえ除籍本であってもそれを古書店に流すことに対して批判が起こる可能性も考えられる。とはいえ、謝罪文を読む限りでは、今回のケースでは処分について県民への周知が徹底されていなかったことがうかがえる。

また、②については近年大学図書館では「ラーニング・コモンズ」と呼ばれる学習支援スペースを設ける事例が増えている。実際、高知県立大学でも「近年求められているディスカッションルームや集いスペースなどのグループ学習室を新たに設置」したと謝罪文に記載されており、今回の図書館新設も、そうした現在のニーズに対応するための施策だったと思われる。しかし、「蔵書の収蔵能力は旧図書館と同程度を保ち」とする一方で「将来も増加し続ける蔵書のことも考慮」した結果として3万8千冊の図書を処分したことについては、やはり性急だった感が否めない。

ただ、昨今の図書館を取り巻く状況を鑑みると、今回の一件についても図書館が苦しい状況下にあることと無関係とは言い切れない部分がある。たとえば大学図書館に限っても、元東京大学附属図書館事務部長の関川雅彦氏が2015年に私立大学図書館協会東海地区協議会研究会が主催した「2015年度図書館管理・運営実務責任者会議」で行った講演(※4)によると、国立・公立・私立の区分を問わず、1大学あたりの資料購入費・図書館運営費・図書館職員数は、いずれも2000年頃をピークに減少を続けている。

ならば公共図書館はどうかというと、日本図書館協会が毎年発表している統計データの最新版(※5)によれば、公共図書館自体の数は増えている(2002年:2711軒、2017年:3292軒)にもかかわらず、専任職員数は2002年が1万5284人、2017年が1万251人と約3割減少している。また資料費(今年度予算)についても2002年が336億9731万円、2017年が279億2514万円と、こちらも約2割減っていることがデータから分かる。

◆今回の問題の根本にあるものは何か?

今回の高知県立大学の問題については、その根本にあるのは「お金(大学図書館の予算や職員の人件費)」と「土地(蔵書数)」の問題であると個人的には考えている。確かに研究・教育機関である大学が資料価値が高いとされている郷土資料や絶版本を焼却処分してしまったことは非常に問題だし、どうにかして避けられなかったのかと思わずにはいられない。

調べたところによると、今回の件で一部図書については最新の版だけ残して旧版を処分したものもあるという。だが、版によって内容に違いがある場合、それに着目して研究を行うこともアカデミックの世界ではよくあることだ。収蔵能力にも限界がある以上、重複する本の古い版を処分して最新版だけ残すのは致し方ないことかもしれないが、研究上重要な書籍については最新版だけではなく、旧版も併せて収蔵できるような方法を考える必要があるのではないだろうか。

しかし、当たり前の話だが、図書館を運営するのにも「お金」がかかる。図書の購入費、施設の維持管理費、職員の人件費などもそうだし、譲渡会や講演会などといったイベントを実施するにもお金は必要となる。図書館の数や利用者数が増えている(※6)にもかかわらず予算も職員数も減っていることを考慮すれば、図書館が学生や地域住民のニーズに満足に応えられない状況にあることは想像に難くない。

また、蔵書数の点から今回の件について考えると「土地」の問題も出てくるが、どれだけキャパシティを確保したとしても、毎日何かしらの本が刊行される中では、何処の図書館もいずれは限界を迎えることは明白である。実際、日本国内で出版された全ての出版物を収集・保存を目的に掲げている国立国会図書館でさえも、収蔵能力の限界と書庫の増設や新館の整備の話が毎年話題となっている。

◆今回の問題から考えるべきことは何か?

断っておきたいが、今挙げたことを以って「今回の高知県立大学の対応に問題はなかった」と言うつもりは僕にはない。実際、3万8千冊もの図書を処分する際に譲渡や売却の可能性を模索することはできただろうし、どうしても焼却処分せざるを得ないならば、その事情についても周知を行うべきだったのではないかと思う。

だが、この問題の本質は大学側の後手後手な対応ではなく、こうしたことが起こってしまう図書館の置かれている状況の厳しさそのものにある。職員数も予算も減り続けている中では書庫の増設もままならないし、資料価値を判断するための司書の目を養うことも難しい。今回の件を批判することは簡単だが、それだけでは問題は決して解決しないだろう。

今回の件は残念だったが、これを通じて図書館について利用者はもちろん、そこで働く職員にとっても「知と出会う場所」として図書館が十全に機能するためにはどうすればいいかを、図書館の運営費や職員の人件費、さらには収蔵能力も含めて考えるきっかけになってほしいと個人的には願っている。

そして、利用者や図書館職員がこの問題について考えるためにも、図書館はその運営についてもっと積極的に発信していくことが望ましいのではないだろうか。それは、たとえば図書のメンテナンスにどれくらいのお金がかかるのか、図書館を運営・維持していくためにはどのような技術が必要とされるのか、地域住民は図書館に対してどのようなことを求めているのか、などといったことだ。「図書館」という場所を維持するために必要な要素についてのこれらの情報が、今後人々にとってよりアクセスしやすい形で公開されるようになることを願う。

◆余談:同人誌の図書館への収蔵について

余談だが、今回の件について調べている中で「同人誌の図書館への収蔵」について色々と思うことがあったので、話ついでと言ってはアレだが少し書いておきたい。

あまり知られていないことだが、日本では「国立国会図書館法」によって、国内で頒布を目的に発行された全ての出版物を国立国会図書館に納入することが義務付けられている(納本制度)。国立国会図書館の「納本のお願い」というパンフレットによれば、商業活動を行う出版社ではなく個人が作った自費出版物、より細かく言えば「ISDNコード」や「JANコード」などのバーコードが付いていない同人誌も納本の対象(ただし、ある程度の部数が発行されているものに限るが)となる。

納本のお願い
http://www.ndl.go.jp/jp/collect/deposit/pdf/deposit_request_pvt.pdf

僕が知っているサークルさんでも国立国会図書館に同人誌を納本しているところがいくつかあるが、先日僕が所属する<アレ★Club>の会議中、「同人誌専門の図書館って作れないのかな?」という話が出た。

この記事を書いている途中、ふとそのことを思い出したので少し調べ直してみたが、同人誌を収蔵している施設としては、マンガ系だと明治大学の付属施設である「米沢嘉博記念図書館」がコミックマーケットの、活字系だと図書館ではないが日本大学藝術学部文芸学科の資料室が文学フリマの見本誌をそれぞれ収蔵している。

しかし、確かにこれらの施設は同人誌を収蔵しているのだが、一般の人々が閲覧するためには様々な制限がある。上で挙げた施設に限って言えば、前者は見本誌を一冊ずつ目録化していないため、発行元のサークル名はもちろん、閲覧したい同人誌の見本誌を提出した回と出展ブロックを事前に調べておく必要がある(※7)。加えて、一般の人々は有料会員に登録しなければ利用することができない(※8)し、当然ながら複写もできない。一方、後者はそもそも「資料室」であるため、閲覧云々以前に研究目的以外の利用は想定されていない。

同人誌の場合、二次創作物は著作権や肖像権の問題があるため、それを集めた図書館を作ることは難しいかもしれない。だが、一次創作ならばマンガ系か活字系かといったジャンルを問わず後々の研究のために、あるいは一般の人々が同人誌を知る機会や自分たちでも作る機会を増やすために専門の図書館が作られてもいいし、個人的にもそういう施設があれば是非とも利用したいと考えている。

高知県立大学が焼却してしまった郷土資料や絶版本などと比べて、同人誌自体の資料的価値や収集・保存の意義については、まだほとんど議論されていない。だが、この国には明治18(1885)年に尾崎紅葉らによって『我楽多文庫』が刊行されて以来、これまで多くの文豪たちが同人誌で実力を磨いてきた歴史がある。マンガにしても、後の有名マンガ家がプロデビュー前に同人誌を作っていたという話をよく耳にする。そうした歴史を収集して保存する必要性について考えること、それらにできる限り多くの人がアクセスできる場所を作ることも、これからの図書館の在り方の一つとして考えてみてもいいのではないだろうか。

【注釈】
(※1)
「ツタヤ図書館、ラーメン本購入し郷土資料を大量廃棄、小説『手紙』が『手紙の書き方』棚」(Business Journal,2015年12月8日配信記事)
https://biz-journal.jp/2015/12/post_12779.html

(※2)
「桑原武夫氏の蔵書廃棄 背景に図書館への寄贈本問題」(産経ニュース,2017年6月5日配信記事)
https://www.sankei.com/life/news/170605/lif1706050013-n1.html

(※3)
「私営雑誌図書館『六月社』が6月10日に閉館 約10万冊の蔵書に焼却処分の危機」(ねとらぼ,2018年6月6日配信記事)
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/06/news105.html

(※4)
関川雅彦,2016,「大学図書館の現状と課題」(『館灯』第54巻:1-18)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanto/54/0/54_1/_pdf/-char/ja

(※5)
日本図書館協会,2017,「日本の図書館統計2017(経年変化)」
http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/toukei/%E5%85%AC%E5%85%B1%E7%B5%8C%E5%B9%B4%202017.pdf

(※6)
「じわりと増える図書館数…図書館や博物館数動向をグラフ化してみる(最新)」(ガベージニュース,2018年3月29日配信記事)
http://www.garbagenews.net/archives/2257317.html

(※7)
「◆同人誌の閲覧について」(米沢嘉博記念図書館HP内「Q&A」より)
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/qa/index.html

(※8)
「コミックマーケット94の見本誌の閲覧提供」(米沢嘉博記念図書館HP)
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/market.html

[記事作成者:永井光暁]

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