第1回:大人だってラノベが読みたいんですっ!(ライトノベルの特異点はどこですか?:ゼロ年代後半から分かるラノベ史)

前回:第0回:プロローグ「なんでライトノベルの特異点なんて探すんですか?」(ライトノベルの特異点はどこですか?:ゼロ年代後半から分かるラノベ史)

◆大人向けライトノベルの誕生

一般的に「ライトノベル」というと、どうしても若者、とりわけ中高生向けの作品が主だと思われているフシがある。確かにテキストとイラストを融合させた新たな表現方法としてライトノベルが生まれた1980年代後半には、中高生と同じくらいの年齢であるキャラクターが主人公となって、読者が感情移入しやすい物語が多く作られたし、その流れが現在に至るまで続いている。また、近代日本文学研究者の一柳廣孝も「ライトノベルとはマンガ的・アニメ的なイラストが添付された、十代の若者層を主要読者とするエンターテインメント小説である」と記しており、これらの点からライトノベルのメインターゲットが中高生であることは疑いようもないだろう(※1)

では、中高生向け以外のライトノベルはないのか、と言えば実はそうでもない。いわゆる大人向けライトノベルとも呼ばれる「ライト文芸」の作品群は、そのカテゴリーが成立したゼロ年代末期よりも現在の方が広がっている。

「コバルト文庫」や「講談社X文庫ホワイトハート」のような少女小説をライトノベルに含まないとする説(※2)に準拠すれば、常に中高生向け作品を生み出してきたライトノベルには、漫画のように「少年」や「少女」よりも対象年齢が高い「男性」や「女性」向けといった区分けが元々存在しなかった。しかし、2009年12月の「メディアワークス文庫」の創刊以降、そのような「男性」ないしは「女性」向けの作品が多く刊行されるようになり、読者がライトノベルを卒業する必要がなくなってきた。

とはいえ、何事もいきなり生まれるわけではなく、「メディアワークス文庫」を嚆矢とする「ライト文芸」にも前史がある。今回は、その「前史」を作った一人の作家とその作品を「特異点」として見ていこう。

◆有川浩から見る「ライト文芸」の誕生

2004年2月にライトノベル界の「少年ジャンプ」と言っても過言ではない「電撃文庫」から刊行された有川浩(1972~)の『塩の街 wish on my precious』(以下、『塩の街』)は、それまでのライトノベル界のみならず、当時の電気文庫ラインナップから見ても異色の作品だった。

有川のデビュー作であり、第10回電撃ゲーム小説大賞(2004年の第11回からは「電撃小説大賞」に改称)を受賞した『塩の街』は、「塩害」によって人が塩化し朽ちていく近未来というポストアポカリプス的な世界で生きる、小笠原真奈(おがさわら・まな)という少女と秋庭高範(あきば・たかのり)という男の物語だ。真奈こそ女子高生でありライトノベルの読者層とも年齢が合致しているものの、秋庭は元航空自衛官という「確かに現実的だが、あえてそこを持ってくるか!?」という第一印象のキャラクターや舞台設定が斬新だった(※3)。2004年当時のライトノベルにおける作品の傾向を振り返ると、この斬新さはより明らかになる。すなわち、学園SFラブコメからミステリ、ファンタジーなどの作品が存在した中で、その主流は学生か異世界の王子ないしは王女、あるいはギャングなどであり、それらのキャラクターはライトノベルの主なターゲットである中高生とほぼ同じ年齢に設定されており、その同年代性がストーリーの核となっていた(※4)

しかし、『塩の街』の主人公は元航空自衛官である。加えて、中高生ではないキャラクターが主人公格であるにもかかわらず、ライトノベルレーベルの雄である電撃文庫は、同レーベルの新人賞でこの作品に対し「大賞」という栄誉を与えた。この意味で『塩の街』は、まさに後の「電撃文庫」を貫くコンセプトである「面白ければなんでもあり」を地で行く作品だといえるだろう(※5)

その後、有川は続く二作目の『空の中』(2004)でも、空中に浮かぶ未確認生命物体と航空自衛官、高知県に住む少年少女たちの行動の交錯を描いた。この設定を見るだけでも、『空の中』には「自衛官」や「都会ではなく高知県が舞台」(※6)といった、ライトノベルとして「違和感」のある設定が多い。

しかも、有川以前の電撃ゲーム小説大賞受賞作家は基本的にライトノベルレーベルである「電撃文庫」でコンスタントに新作を刊行する伝統があったが(※7)、『空の中』はメディアワークスよりハードカバーとして出版された。しかも、表紙はイラストではなく写真で、おまけに作中には挿絵すらない。

当時ポピュラーだったライトノベルといえば、表紙に美少女のキャッチーなイラストが装丁され、少年少女を主人公に据えてストーリーが展開される作品だ。これについては、おそらくそれが最も出版社側が想定する読者層に合致していたのだろうと考えられる。

しかし、その中で「電撃文庫」は新人作家である有川(しかも自前の新人賞の大賞作家)をハードカバーという形で世に問うた。これについて有川の担当編集であった徳田直巳は、2010年1月に刊行された『塩の街』角川文庫版の解説にてこのように記している。

 電撃小説大賞の受賞作は、電撃文庫として出さなければならないという、一応の原則がある。
悶絶した。
大人に向けたパッケージで小説を作ってみたい! という欲求が猛烈湧き上がっていた当時、それにドンピシャの作品に出会えたのに――(※8)

当時「電撃文庫」編集部に所属していた徳田は『塩の街』を「電撃文庫」として刊行してはいた。しかし、それはあくまでもそれまでの慣習にしたがってやったことであり、本当は「大人に向けたパッケージ」での刊行を考えていたらしい。また、2008年6月に出た『空の中』角川文庫版の有川による「あとがき」には次のような記述がある。

 しつこくしつこくしつこく色んなところで言ってますけど、私は「大人ライトノベル」がほしかった大人なので、デビューしたらそういうものを書くことは必然でした。そうしてみるとハードカバー要因にされたのはあるイミ僥倖だったなぁ、と今では思います。
何より『空の中』の第一稿を提出したときの電撃担当さんが男前だった(女性だけど)。
「私はどうしてもこれをハードカバーで出したい。今の電撃の力では損をさせるかもしれないけど、ついてきてほしい」(※9)

話を整理しよう。有川は「大人ライトノベル」が欲しかったし書きたかった。徳田は「大人に向けたパッケージ」で小説を作りたかった。『空の中』は、そんな二人の意図が合致した結果、「大人向けライトノベル」として刊行された作品なのだ。

この『空の中』以降、「電撃文庫」では「電撃の単行本」として有川を含む複数作家の作品がハードカバーで刊行される。それらの本の多くは、当時のライトノベルで主流だった美少女キャラクターのイラストが装丁されず、キャラクターの年齢層も中高生からちょっと高いか、あるいは社会人だったりする。それらは、まさしく有川や徳田が望んでいた大人向けライトノベルと言って差し支えない作品群だったのではないだろうか。

◆有川浩のルーツを探る

ところで、有川は何故「大人ライトノベル」を欲していたのだろうか。ここで少し考えてみたい。

有川は2007年に受けたインタビューの中で、幼少期に児童文学から「コバルト文庫」や「ソノラマ文庫」などのライトノベル(当時はそう呼称されていなかったが)を読み始めたと答えている(※10)。その中でも当時の有川が熱中した作品が笹本祐一の『妖精作戦』(1984〜1985)だ。『妖精作戦』は、平凡な高校二年生の榊裕(さかき・ひろし)が超能力を持った少女・小牧ノブ(こまき・のぶ)と出会うことで、超国家的秘密機関に追われる事態に巻き込まれるというSF小説である。この『妖精作戦』について、有川は次のように記している。

 榊・沖田・真田の三羽ガラスは、読者が憧れを投影する対象ではなかった。彼らと同じ年頃であった読者が等身大の自分を投影する憑代であり、また本の中に住んでいる「仲間」でもあった。
『妖精作戦』は当時初めて現れた、現実世界に生きている等身大の私たちのための物語だったのだ。
こんな物語を待っていた。『妖精作戦』は当時の若者に熱狂的に支持された。
等身大の自分たちなんて平凡でつまらないと思っていた。そんな自分たちに物語の主役を張れるほどのきらめきを見出してくれたのが『妖精作戦』だったのだ。(※11)

この「現実世界に生きている等身大の私たちのための物語」というのは、まさしく中高生に寄り添った物語を多く出版してきたライトノベルという媒体の特徴である。当時こそ「ジュブナイル」という呼称の中で、キャッチーなイラストが装丁され、新たな動きとして出てきたところではあったものの、そんな中でも有川のような小説読みから発見され、実際に彼女を熱狂させるに至った。

また、現在のライトノベルに連なる「中高生が主人公の、中高生に向けた作品群」が多く登場し始めたのは、『妖精作戦』が刊行された時期とも重なる80年代中盤のことである。これは言い換えれば80年代前半まではそうした作品は少なかったということであり、このことも有川が『妖精作戦』に夢中になった一因だったと考えられる。

また、前述のインタビューでは有川が自身への『妖精作戦』の影響を語った後、自分もライトノベル作家になりたいと考えたことが有川本人の口から語られている。

ライトノベルを読んで育ってきた世代は、年を経るにつれて大人向けのライトノベルを読みたがるようになった。しかし、これまで述べてきたようにライトノベルは中高生向けの作品群が多い。有川と徳田が仕掛けた『空の中』は、そのような大人が読むに耐えることができるライトノベルを待ち望んでいた層にクリーンヒットしたのである。そしてこれが、今に続く「ライト文芸」の始まりであると言えるだろう。

◆「大人ライトノベル」の一つの到達点

有川は『空の中』の後に「自衛隊三部作」と呼ばれる作品群の完結編となる、横須賀港に攻めてきた巨大ザリガニと海上自衛隊の攻防戦を描いた『海の底』(2005)を、これまた「電撃の単行本」として上梓する。ちなみに、これに続く有川の作品としては、さらに「自衛隊ラブコメシリーズ」の『クジラの彼』(2007)や『ラブコメ今昔』(2008)や、航空自衛隊の広報官とそれを取材する記者の甘酸っぱい物語『空飛ぶ広報室』(2012)がある。

これらの作品は、自衛隊隊員という現実に足が着いた存在でありながらどこか浮世離れしたように見える人々を、恋愛といった普遍的な感情をキーとして描き切った作品であり、いずれも「大人向けライトノベル」として十分な完成度だった。

また、有川は『海の底』を刊行し「自衛隊三部作」を完結させた後、2006年に新シリーズとして『図書館戦争』(2006〜2008)をスタートする。この作品は、「メディア良化法」という検閲法が施行された近未来を舞台に、武力をもって表現物の検閲を企てる良化隊と表現の自由を掲げて武装化した図書隊の抗争を描いた作品だ。

同作で有川は、図書館で戦争をするという「もし学校にテロリストが乗り込んで来たらなぁ」的な妄想の域を出ない発想を出発点に、ディストピアSFをベースとした「大人向けライトノベル」を紡ぎ切った。

この『図書館戦争』については、タイトルでSF作品だと誤解されることがあるが、作品の主軸にあるのは茨城県産純粋培養乙女の笠原郁(かさはら・いく)と堅物ツンデレ上司の堂上篤(どうじょう・あつし)との間で展開されるラブストーリーである。

誰もが共感できるラブストーリーを主軸に置きながら図書館での戦争が展開されるという物語は、まさに有川の抱く「現実世界に生きている等身大の私たちのための物語」であり「大人ライトノベル」の一つの到達点だったのではないだろうか。

◆有川以後のライト文芸の発展

一方、『図書館戦争』のヒットを受けて「電撃文庫」は「電撃の単行本」のような「大人向けライトノベル」を多くの読者が待ち望んでいると確信し、2009年に「メディアワークス文庫」を創刊する。その創刊陣に、弱小劇団が財政的に再建していく様を描いた青春偶像劇『シアター!』(2009〜)を携えた有川の名前が入っていたのも必然であっただろう。

また、現在においても有川は「電撃文庫」を擁するメディアワークス以外の出版社やレーベルでも精力的に執筆を続けている。

たとえば『三匹のおっさん』(2009〜)は、定年を迎えた三人の老人が地域を守るストーリーを漫画家・須藤真澄のイラストでコーディネートするという「老年向けライトノベル」とも言えるものだった。また、前回の記事でも紹介した『キケン』(2010)は『図書館戦争』と同じくイラストレーター・徒花スクモとタッグを組み、理系大学生サークルの抱腹絶倒阿鼻叫喚な日常を振り返る形式で綴る「大人向けライトノベル」となっており、一般文芸の読者にまで「大人向けライトノベル」が受け入れられていることがうかがえるだろう。

「ライトノベル」と呼ばれる表現方法が確立されてから、既に四半世紀以上が経過している。中高生の時にライトノベルに親しんでいた読者は、成熟する自分たちと同じ年齢の主人公を持つライトノベルが徐々になくなっていき、主人公たちは年下になる一方という中で、「自分は何を読めばいいんだろう?」という気持ちもあったのかもしれない。そんな読者たちの渇望に答えて生まれたのが大人向けライトノベル、すなわちライト文芸だったのではないだろうか。

もし有川が『塩の街』を電撃ゲーム小説大賞に投稿することがなければ、ライトノベル史は変わっていたかもしれない。もし徳田が有川の担当になっていなければ、また異なったライトノベル史があったかもしれない。しかし、有川と徳田が組み、二人の思惑が合致した結果、現在のライト文芸の礎となる『空の中』が刊行された。私たちが今触れることができる「大人ライトノベル」は、そんな運命的な「特異点」から発展した結果誕生したジャンルなのである。(続)

【注釈】
(※1)
一柳廣孝『ライトノベル研究序説』(青弓社、2009年)、13頁。

(※2)
大森望・三村美衣『ライトノベル☆めった斬り!』(太田出版、2004年)では大森が「まあ、コバルトやホワイトハートはライトノベルじゃないって見方もあるからねえ」(18頁)と言及しているため、少女小説をライトノベルとしない説を支持する読者は少なからずいると考えられる。

(※3)
『電撃文庫総合目録2004』(メディアワークス、2004年)に掲載されている「電撃文庫」の作品を見てみると、私たちの暮らす現実世界を舞台とした作品こそ多々あれど、その大半は中高生を主人公ないしはヒロインとした作品であり、主要キャラクターにいわゆる大人が配置された例は少ない。とりわけ、自衛官という設定は皆無である。

(※4)
この点について参考となるのは同年11月に第1回が行われた「このライトノベルがすごい!」である。同賞は、読者やライター、ラノベブロガーなどが一年以内に新刊が刊行されたシリーズに投票することで「その年に最も支持されたシリーズを選ぼう」というランキング方式のものだ。2004年11月に発表された第1回の結果を見ると、第1位には谷川流『涼宮ハルヒシリーズ』(2003~)があり、第2位が西尾維新『戯言シリーズ』(2002~2005)、第3位がうえお久光『悪魔のミカタ』(2002〜)と続いていき、第10位の冲方丁『カオス レギオン』(2003~2004)までこの傾向は維持される。

(※5)
後に「電撃文庫」編集長となる三木一馬(現在は退社し、株式会社ストレートエッジを設立)が著書『面白ければなんでもあり:発行累計6000万部――とある編集の仕事目録』(KADOKAWA、2015年)でこのコンセプトについて詳細に語っている。

(※6)
『空の中』の舞台が高知県であるという設定は、有川が高知県出身という経緯も関係していると考えられる。なお、有川は『塩の街』の著者プロフィール欄において「故郷を語るとちょっぴり熱いプチナショナリスト(県粋主義者)」と記載している。余談ではあるが、2011年に刊行された『県庁おもてなし課』でも高知県が舞台となっている他、2013年には『有川浩の高知案内』といったガイドブックも刊行された。

(※7)
「電撃文庫」を刊行する株式会社メディアワークス(2008年に株式会社アスキーを吸収合併して株式会社アスキー・メディアワークスに社名変更後、2013年に株式会社KADOKAWAに吸収合併される。その後、ブランドカンパニー・事業局として継続していたものの、2018年に消滅。現在では文芸局の一編集部である「電撃メディアワークス編集部」としてその名を残している)は「電撃文庫」の創刊初期に株式会社主婦の友社と提携していたが、その時期に複数作品が単行本として刊行されていた。

(※8)
徳田直巳「『塩の街』との出会い」(有川浩『塩の街』に収録、角川書店、2010年)、443〜444頁。

(※9)
有川浩『空の中』(角川書店、2008年)、504頁。

(※10)
瀧井朝世「作家の読書道(第68回:有川浩さん)」
http://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi68.html
2007年6月29日更新(2018年6月20日閲覧)

(※11)
有川浩「解説」(笹本祐一『妖精作戦』に収録、東京創元社、2011年)、329〜330頁。

次回:第2回:私だって友達が欲しいんです。:平坂読『僕は友達が少ない』(ライトノベルの特異点はどこですか?:ゼロ年代後半から分かるラノベ史)

[記事作成者:羽海野渉]

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