【コレ!対談(1)】エスニック・グルメのジレンマ


〈アレ★Club〉のメンバーがゲストの方をお招きしてアレやコレやと熱論を交わし合っていく新企画「コレ!対談」。第1回は〈アレ★Club〉メンバーによるお試し版として、事務局長の永井光暁が執筆した、先日9月1日(土)に開催された「事務局長・永井光暁のカレー会in浅草橋」のイベントレポートに対して、副代表の市川遊佐がある疑問を抱いたところから、対談がスタートしました。

★本日の対談者
市川遊佐(副代表)×永井光暁(事務局長)

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市川遊佐(以下、市川):
永井君、こないだのカレー会のイベントレポート読んだよ。僕も久々に永井君のカレーを食べることができて楽しかったけど、少し気になることがあったんで聞いていいかな?

永井光暁(以下、永井):
ええよ、どうしたん?

市川:
今回のカレー会で出してもらったメニューについてなんだけど、永井君は「ダルバート(っぽい何か)」って書いてたよね。それを読んで僕は「なんでわざわざ『(っぽい何か)』って付けてるんだ?」って思ったんだよね。シンプルに「コレはダルバートです!」って言った方が潔くて良いと思ったんだけど、何がいけなかったの?

永井:
あぁ、なるほどね。それについてはカレー会の場でも言ったけど、僕はネパールに行ったことがないから、本当の意味での「ダルバート」は食べたことがないんよね。それが一番の理由かな。ネパールは多民族国家で、中国やインドの影響も受けているから「独自の文化がない」という人もいるけれど、ネパール人なら誰でも食べている国民食の「ダルバート」は、ほぼ唯一「ネパール料理」と呼べる食べ物なんだよ。

市川:
とすると、単に現地で食べたことがないから「(っぽい何か)」を付けたってこと?

永井:
基本的にはそうなんだけど、もう少し細かく言えば、「ダルバート」はネパールでは各家庭からレストランまで様々な場所で供されているんです。その中で、レストランで出されるようなものは日本でも東京や大阪にあるネパール料理の専門店でも食べられるけど、家庭で出されるようなものを僕はまだ食べたことがない。だから、まだ僕には「これがダルバートです!」とは自信をもって言うことはできないって感じかなぁ。それに、「本場」を知らずにそれを言ってしまうのは、個人的には何か傲慢な気がする。

市川:
そういうことだったのか。ちなみに今の話は、例えば「カリフォルニアロール」しか食べたことがない人が「コレが寿司です!」と言うみたいな話という理解でいいかな?

永井:
うん、その例えが近いと思う。

市川:
なるほどねぇ。でも僕としては、そこは「本場」を名乗らずとも「永井流ダルバート」と言うとか、永井君もイベントで言ってたように「ダル(豆のスープ)」と「バート(ご飯)」があれば「ダルバート」になるなら、永井君が出したモノも定義上は「ダルバート」なんじゃない?

永井:
それは確かにそうなんだけど、自分の性格上、現地の本場のモノを食べていない限りは「自分の作っているモノは現地の本場の味です!」とは口が裂けても言えないなぁ……でも、市川君が指摘したように「永井流」くらいで抑えておくのであれば、自分で自分をギリギリ許せるかもしれない。あるいは、今考えれば「オレ流」みたいなネーミングにしても良かったかもしれない。「俺のダルバート」略して「俺バート」みたいなね(笑)

市川:
語感は面白い(笑)だし、それなら僕は腑に落ちるかな。でも、そもそもネパールの家庭の「ダルバート」と日本のレストランで出される「ダルバート」って、そんなに違うの?

永井:
僕がよく行くネパール料理屋の人たちから聞いた限りでは、どうもそうらしいよ。具体的には一口に家庭……と言っても、民族や地域や身分によってかなり違うから一概には言えないんだけど、例えば本当に簡単な「ダルバート」なら、さっき出た「ダル」と「バート」に「アチャール(漬物)」だけの質素な組み合わせだったりするって聞いたことがあるよ。あと、ベジタリアンの人たちの「ダルバート」なら当然ながら肉類は出てこなかったりする。それから、大事なのは「ダルバート」は「タルカリ(おかず)」も含めて基本的に味付けは全て塩だけでされているってこと。だから、日本で色々な食べ物を食べている人からすれば、料理としてのクオリティが低いと思われるかもしれない。あと、こういう場合、どうしても一つ一つの「タルカリ」は単体で食べたら単調になってしまいがちだから、混ぜることで味に変化を付けたり、複数の「タルカリ」を組み合わせることで組み合わせ自体を楽しめるようにすることが多いかな。これはあくまでも僕の推測だけど、ある意味で「ダルバート」はご飯をなるべく美味しく食べられるように工夫した結果出てきた、ネパールの人たちの知恵の結晶なのかもしれない。

市川:
ほう、単純なモノでも組み合わせることで美味しく、か。それは面白いね。そういや、日本には永井君が言ったような現地の質素なスタイルを目指しているネパール料理のお店ってあるの?

永井:
あくまでも個人的な意見なのでお店の名前は出さないけど、いくつかかなり現地スタイルの「ダルバート」を出すお店があるから行ってみたことはあるね。でも、シンプル過ぎて地味だと思う人は少なからずいると思う。僕はシンプルな「ダルバート」も大好きだけど、流石にそれだとイベントでは出しにくいかなぁ。食べてホッとするようなタイプの料理だから、「これ食べるためにイベント来た甲斐があった!」と思う人は多分少ないと思う。もちろん、個人的には現地の家庭で出るような「ダルバート」も、イベントに来てもらった人には知ってほしいから、どうにかして現地スタイルのモノも紹介できるようにはしていきたいけどね。

市川:
難しいなぁ。でも、現地スタイルを突き詰め過ぎちゃうと、今度は「質素なダルバートでなければダルバートではない!」みたいな考え方を持つ人も出てきちゃいそうな気がする。その辺りのバランスはどう考えているの?

永井:
その危惧は今でも少なからずあるよ。確かに「ダルバート」はほぼ唯一のネパール料理で、ネパールの人なら年齢・身分・性別・思想・信仰を問わずに食べられている。けど、さっきも言ったようにネパールは多民族国家で周囲の国の影響も受けているから、民族や地域によって出てくる「タルカリ」や「ダル」も大分違っていて、そこにはかなりの多様性がある。その上で、僕が作った「(っぽい何か)」は、あえて現地の基準で言えばレストランの味なんだけど、これを「ダルバート」という名前だけで提供したら「そうか、これがダルバートなんだ」と思われてしまうかもしれないっていうのはちょっと怖いかな。というのも、もし現地スタイルの店で食べて「こんなのダルバートじゃない」と思われたら嫌だし。いずれにせよ、自分が一体何を出しているのかを分かってもらうということは、料理に限らず難しいね。

市川:
なるほど。ところで今の話を聞いて気になったんだけど、もし家庭的な「ダルバート」を志向してそれをイベントとかお店で永井君が提供するとしたら、「可能な限り美味しくしたい!」という欲求と「出来る限り現地の感じを再現したい!」という欲求のジレンマにぶつかるのではないかと思うんだけど、その辺についてはどうするのがいいと思ってる?

永井:
さっきも言ったけれど、「現地料理研究会」とかでもない限りは、イベントであえて現地のシンプルなスタイルの「ダルバート」を出すことはないかな。それを是が非でも食べたいという人もそんなにいないだろうし。さらに言えば、家庭的な「ダルバート」だけが「ダルバート」ではないというのは事実なので、それを出さないこと自体が悪いとも思っていない。ネパール料理屋にしても、お客さんが来ないと潰れちゃうから、現地ではしないようなアレンジをしたり、全体のクオリティを高めた「ダルバート」、僕の言葉で言えば「(っぽい何か)」を出してもいいと思う。なので、今後も僕が作るカレー会では、市川君が言うところの「永井流ダルバート」を出していこうかなと思ったね。

市川:
うん、僕もそれが良いと思うよ。ちなみに、今回の仕込みにはどれくらいの手間がかかったの?

永井:
大根の「アチャール」の仕込みに1ヶ月で、前日の仕込みが2時間、当日の仕込みが6時間ってところかな。まぁ、これくらいは普通だよ。

市川:
Oh……少なくとも、僕が自分の家で作る日が来ることはなさそうだ……。

[記事作成者:市川遊佐&永井光暁]