第2回:私だって友達が欲しいんです。:平坂読『僕は友達が少ない』(ライトノベルの特異点はどこですか?:ゼロ年代後半から分かるラノベ史)

前回:第1回:大人だってラノベが読みたいんですっ!(ライトノベルの特異点はどこですか?:ゼロ年代後半から分かるラノベ史)

◆「空気」を読むのが苦手でした。

私事から入るのは大変恐縮だが、中学校や高校に通っていた六年間、クラスの「空気」というものが非常に苦手だった。いわゆる「リア充」が空気を支配していて、陰キャであるところの僕はそれにサイレント・マジョリティとして従うことを余儀なくされた。「大体コイツはこういうキャラだ」というレッテルを半ば押し付けられて、それに従って生きるのに若干の息苦しさを感じていた。

僕が「生徒」という身分だったのは五年くらい前までの話だが、丁度そんな状況を的確に表していたのが鈴木翔の『教室内(スクール)カースト (2012)である。今にして思えば、カースト制のようにクラスの中でも順位があって……という話は、ゼロ年代の中盤から生徒たちの間では半ば常識のようなものとなっていたように思う。

そんな息苦しさの中で僕はどうしたのかといえば、読書をすることによってその主人公ないしはキャラクターに感情移入をしていた。これが現実逃避のような役割を果たしたので、息抜きとして有効活用していたのである。アニメやゲームとは異なり、学校へ持ち込むことが許可されている娯楽物という点で、本は非常にコスパが良かった。

そんな読書の中で、先述したような空気を如実に反映したライトノベルを読むことが多々あった。雑誌連載から単行本という過程を経る一般文芸に比べて(近年では書き下ろしなど異なる場合も多いけれど)、数ヶ月に一冊という比較的早いペースで刊行されるライトノベルは、個人的実感ながらその時々の社会の空気をよく掴んでいるように感じた。加えて、高校生を主人公にした作品も多いため、「これは自分のことを書いているんだ!」という気持ちで読んでいた読者も多いのではないだろうか。かくいう僕もその一人である。

◆スクールカーストを作り出す「空気」という壁

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前述のスクールカーストが社会的に問題となり始めたゼロ年代中盤から、それを題材とした小説は何作も発表されるようになった。木皿泉の脚本による連ドラ化で話題となった白岩玄『野ブタ。をプロデュース(2004)(以下、『野ブタ』)もその一つ(※1)であるし、やや後年の作品ではあるが朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ(2010)(以下、『桐島』)もカーストの下底にいる少年が起点となって物語がスタートしていき、様々なキャラクターの思いが交錯していく模様を描いた青春群像劇だった。この二作品の特徴は、どちらも二十代前半という中高生に近い年齢の著者が書いたデビュー作であることではあるが、これについては紙幅の都合上で省略する。

さて、この二作品は以下の点で対比的な作品であると言える。まず『野ブタ』は、カーストの下底にいる女の子をプロデュースして上の方まで持っていこうというサクセスストーリーである。一方で『桐島』は、主人公が周辺の空気を読んでそれを破壊することを望んでおらず、現状の地位に居続けながらなんとかサヴァイブしようとする物語だ。つまり、前者は成長して良い状態に這い上がることに焦点を当てていて、後者は空気を読んで生存することに焦点を当てているわけだが、この違いにより、同じスクールカーストをテーマにこそしているものの、キャラクターの動きがとても異なっている。

そんなスクールカーストを主題とした作品だが、もちろんライトノベルでも多数の作品が刊行されている。伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2008〜2013)や五十嵐雄策『乃木坂春香の秘密』(2004〜2012)も、スクールカーストを扱った作品と捉えることができるだろう。

しかし、これらの作品で焦点が当たっていたのはあくまでもヒロインとの恋愛関係であり、スクールカーストやその空気感ではない。では、そこを真っ向から捉えた作品とは何か。ということで、今回まず取り上げるのは平坂読『僕は友達が少ない』(2009〜2015)だ。

◆残念な感情をどう切り抜けるか

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平坂読は2004年に第0回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞作『ホーンデッド!』(2004〜2005)でデビューした作家だ。初期こそファンタジーラブコメを主に執筆していたが、『ラノベ部』(2008〜2009)以降は学園を舞台とした青春ラブコメをメインとするようになる。

2009年にスタートした『僕は友達が少ない(以下、『はがない』)は、そんな平坂の名前を一般層にまで浸透させた、まさに代表作と呼べるシリーズだ。主人公の羽瀬川小鷹(はせがわ・こだか)は金髪でコワモテという外見から周りに忌避されているものの、中身は平凡な男子高校生。ある日小鷹は放課後の教室で誰もいないのに友達と会話しているように「独り言」を話している少女・三日月夜空(みかづき・よぞら)と出会う。夜空と小鷹に共通するのは友達がいないこと。『はがない』はそんな出会いから夜空が持ち前の行動力を発揮して友達づくりを目指す部活動「隣人部」を設立する……という物語だ。

この物語の特徴は大きく分けて三つある。まず、ヒロインが「残念」であること。次に主人公が特定の誰かと恋仲に落ちることを目的としていないこと。そして、「空気を読むこと」が最大の目的と化してしまったことである。

まず、『はがない』が『乃木坂春香』などの先行作品から引き継いでいたのは、ヒロインがどこか「残念」であるということである。飯田一史やさやわかも指摘するように、残念なヒロインたちは、非の打ち所のないキャラクターとしてではなく、どこか読者に近しい感情を抱かせるキャラクターとして現れる(※2)。『はがない』では夜空をはじめとして、理事長の娘という完璧な立場にいながらも性格の悪さゆえに友達が少ない柏崎星奈(かしわざき・せな)や、天才発明家として名を馳せるものの変態性が目に付いてしまい友達が少ない志熊理科(しぐま・りか)など多数のヒロインが登場するが、総じてどこか残念な属性が付与されている。

次に、二つ目の特徴として挙げられる主人公が特定の誰かと恋仲に落ちることを目的としていないことについてである。『はがない』はラブコメディと銘打ってはいるものの、複数のヒロインが配置されているため、どのヒロインとの結末に向かうか分からない、いわゆるハーレム系の作品であると思う読者もいるかもしれないが、これが特異な理由にについては、後述する第三の特徴と合わせて述べたいと思う。

◆『はがない』と「空気」

『はがない』の軸は、いかにしてキャラクターたちが「空気」を読んで行動するかというところにある。「教室」という数十人の生徒たちと政治を行う場所ではなく、知人以上友達未満の関係を続ける「隣人部」において、友達を作るためにどのように自己変革をするかということが、本シリーズの表向きのテーマである。

その中で小鷹は「え? なんだって?」というセリフに代表される逃げ方で、ヒロインからの好意を受け流す。この行為は、その箇所のみを抜き出せばただの間抜けな行動であるが、このセリフの真意はヒロインからの好意を受け流すことによって、知人以上友達未満の関係性を互いに張り巡らせている隣人部内の空気を変容させないことにある。

隣人部という友達が少ないキャラクターたちが集った場所に醸成された空気。それは、互いに友達っぽいことをして日常を楽しもうとするものだ。そして、ヒロインたちは小鷹に対して徐々に好意を寄せていく。しかし、小鷹が他のヒロインの誰かを選んで恋愛関係になったとすれば、その空気は確実に変容してしまい、今まで通りのものではなくなってしまう。そのため、小鷹は前述のように「え? なんだって?」と好意をはぐらかすことによって、部内の空気を変容させないように努めているのだ。

小鷹が今述べたように行為することを選択した理由としては、居心地の良い空間ができたためにそれを変えたくなかったということが、最もありえる可能性として考えられるだろう。小鷹は物語の開幕時点では、金髪でコワモテという外見から周りに忌避されているという状態だった。そのため、教室はもちろん、学校に自分の居場所はほぼない状態である。これはヒロインたちも同じで、物語が始まった時点では、ありのままの自分を受け入れてくれる場所が誰にも存在していなかった。

その後、物語が展開することによって、彼らは隣人部という「ありのままの自分を受け入れてくれる」居場所を手に入れる。しかし、その居心地の良い場所に空気が生まれてしまったことで、恋愛関係という最もそれを破壊しやすい感情を排除し続けなくてはならなくなった。そして、このことが如実に表れているのが、例の「え? なんだって?」なのである。

このように、『はがない』はスクールカーストを主題とし、ハーレム系の要素を含みつつも、空気との関わり方を丁寧に描写している作品である。空気を維持するという意味では『桐島』もそれに類する作品だが、『はがない』では空気の維持が自己目的化している。空気それ自体との関係へと作品の焦点を移したという点で、僕は『はがない』がライトノベルの特異点的作品であると考えている。

◆影響を及ぼし合う「空気」と「個性」

img_9784094516104_1ここまでに見てきたように、『はがない』は空気との関わり方を焦点とした点で、ライトノベル史における特異点的作品であると考えられる。ここで、そんな『はがない』の後に生まれたライトノベル作品を一つ紹介したい。

それは、屋久ユウキ『弱キャラ友崎くん(2016〜)(以下、『弱キャラ』)である。この作品は、クラスの中でも存在感のないゲーマーの男子高校生・友崎文也(ともざき・ふみや)が主人公だが、彼はひょんなことから学園一のヒロインである日南葵(ひなみ・あおい)がセルフプロデュースによってその地位まで上り詰めたことを知る。葵は文也に対して人生はゲームであると言い、これを聞いた文也もまた自身のプロデュースを企てていく……というのが物語の始まりである。

『弱キャラ』の特徴は、空気を読んでいかに自分を変えていくかに焦点を当てているところにある。この方法論自体は『野ブタ』で試みられていたことと被るのだが、『弱キャラ』ではいかに自分の個性を集団に馴染ませるか、そしてカーストが上の者たちの行なっていることをいかに自分が吸収するのか、ということを焦点として描いている点で、『野ブタ』や『はがない』における主題からの更新が見られる。

スクールカーストの中でのセルフプロデュースを主題にした作品はゼロ年代中盤から多数刊行されるようになったが、それらの多くではラブコメ的要素や恋仲になることもプロデュースの範囲に含まれることが多かった(※3)。しかし、ゼロ年代後半以降の諸作品では、ラブコメよりも「空気を読むこと」自体に焦点が移ってきている。実際、『弱キャラ』では日南をはじめとして魅力的なヒロインが登場するが、どのヒロインと恋仲に落ちたいのか、好きなのかということは言及されていない(※4)。そのため、『野ブタ』などの作品では主人公の目的=作品の焦点はヒロインとの関係性にあったと言えるのに対して、『弱キャラ』では空気と自分の個性を調和させていくことが焦点となっている。

そんな「空気を読む」作品群についてだが、『はがない』以後に大ヒットを飛ばした作品が存在する。このような書き方をすると「『はがない』は前座か?」と思われてしまうかもしれないが、そうではない。きちんと順序を踏んで二つの特異点について描写したかった、それだけである。

その作品とは、渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(2011〜)、略称『俺ガイル』である。次回は、そんな『俺ガイル』がどのように『はがない』のテーマを引き継ぎ、アップデートをしたのかについて述べていきたい。(続)

【注釈】
(※1)
なお、原作小説と2005年に放送された連続ドラマ版の内容は大きく異なる。現在、木皿による脚本集『野ブタ。をプロデュースシナリオBOOK』(日本テレビ放送網、2004年)が刊行されているので、是非読み比べてみてほしい。

(※2)
さやわか『一〇年代文化論』(星海社、2014年)や飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』(青土社、2012年)に詳しい。

(※3)
とはいえ、葵せきな『ゲーマーズ!』(2015〜)や涼暮皐『ワキヤくんの主役理論』(2017〜)のような例外も存在はする。こちらも良作なので是非お読みいただきたい。

(※4)
最新刊直前の第5巻までの描写に基づく。なお、刊行中シリーズの最新巻の内容については本連載の方針上、ネタバレの危険性を鑑みて記述しない。

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[記事作成者:羽海野渉]

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