【第7回】接触、〈アレ★Club〉(私が『ひとりぼっちの地球侵略』と共に辿り着いた「コンテンツ」の限界)

前回:【第6回】GIVE A REASON(私が『ひとりぼっちの地球侵略』と共に辿り着いた「コンテンツ」の限界)

◆実力不足に苛まれながら

2016年になると、私はすっかりアニメ批評界隈の片隅にいる人間として定着していました。第2回でも書いたように、私はTwitterを始めてからすぐにTwitterを主な活動の拠点としてアニメ作品の批評を行う人々の輪に入っていったのですが、それから3年が経過し、Twitterで何かしら呟いて過ごす日々にもすっかり慣れてきていた頃でした。文学フリマだけでなくコミックマーケットでアニメ批評界隈の合同誌の売り子を手伝うようにもなりましたし、「さいむさん、何か書けそうなアニメ作品はありませんか?」という問いかけも、やはり幾つか頂いていました。

もっとも、当時の私の立ち回りは以前とさして変わりの無いものでした。同人即売会やオフ会など、とにかく出向いた場所で人に『ぼっち侵略』を勧め、執筆依頼は断って『ぼっち侵略』ファン活動に専念してばかりいたのです。その理由については第3回でも書きましたが、やはり自分の活動を『ぼっち侵略』に絞るため、そして特定の誰かやグループと深く関わるのではなく『ぼっち侵略』という作品だけに帰属するためでした。あくまでも「『ぼっち侵略』のさいむ」としてTwitterに存在することで、Twitterでの情報収集・発信効果を最大にしようと、相も変わらず目論んでいたわけです。

さらに、当時は自分でブログを書き始めていたため「無理に他人の媒体でものを書かなくても、ブログで書けば十分なんじゃない?」と思うようにもなっていました。2015年頃に『ぼっち侵略』以外の作品についての感想をブログで書いたのもこの辺りが理由だったりします。確かに合同誌への寄稿はそれなりに魅力的ではありましたが、一度自分で何かしら発信するメディアを持ってしまうと、そちらの方が効率的にやりたいことだけをやれると気付き始めたのです。私の場合、『ぼっち侵略』について情報を発信することで自分より詳しい人間を探すという倒錯した目的でブログをやっていたわけですが、その点においてもネットにずっと残り続けるブログの方が効果は高いと考えたのです。

こうしてアニメ批評界隈の隅っこで延々『ぼっち侵略』と念仏のように呟き続けていた私なのですが、自分より詳しい人間などというものが全く現われないまま時間だけが過ぎていく中で、上記のそれとは別の理由で自分が同人誌への寄稿を避けていることにも気付き始めました。それは、単純に私自身の作品分析能力・言語化能力が人より劣っているのではないか、合同誌という売り物に載せる程のものではないのではないかという不安によるものでした。今までも繰り返してきましたが、私は私より能力の高い人間が『ぼっち侵略』を読めば必ず私よりも深く理解してくれると信じていました。そしてそれは、自分の能力そのものを低く見積もることでもあります。実際、Twitterで色んな人がアニメの感想や考察を書いているのを見て「私より上手いなぁ」と思える人は多くいたわけで、そういう中に『ぼっち侵略』しかまともな経験をしていない人間が混じっても仕方がないだろうという気持ちは強くありました。せめて自分の化けの皮が剥がれるのなら『ぼっち侵略』の中でありたいし、他の人に迷惑をかけてまで他作品の感想を書こうとも思えない。2015年の後半以降、私は特にそう強く思うようになっていました。

◆突然の寄稿依頼

さて、以上のことを踏まえて、話は2016年の2月某日に戻ります。その日、私は都内で開かれたカレー会という謎の集いに参加していました。Twitterのフォロワーの一人がカレー会を主催するとのことで、そこに招待されたのです。残念ながら当時の記憶はそこまで明瞭ではありませんが、フォロワーさんが一日かけて仕込んだカレーは確かに美味しく、私は終始楽しく話をしながら食事をしていたと記憶しています。

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当時の画像は残念ながら残っていないため、イメージ画像として今年9月に開催された〈アレ★Club〉共催のカレー会の時に出たカレーの写真を掲載しておきます。イベントレポートはコチラからどうぞ。

なぜここまで記憶が曖昧な出来事の話をしたのかというと、これが私の活動方針が大きく変わるきっかけとなったからです。カレー会から数日経った頃、私のTwitterにDMが届きました。見ると、あのカレー会の主催者の人からでした。内容は極めて簡潔です。

「さいむさん、今度出す同人誌に寄稿して頂けませんか?」

私は、「あぁ、なんだ、また同人誌の寄稿依頼か……どう断ろう……」と思いつつ、どんな作品について書けばいいのか、軽く詳細を伺ってみました。すると、思いもよらない返事が返ってきました。

「何かしらの作品についてではありません。以前ブログに書いていたヒーローの記事、アレを書き直せませんか?」

それは、私が2015年に書いた、ヒーローという概念について考えた記事でした。

「ヒーロー」と「超人」という異なる概念、そして「ヒーローの錯覚現象」について。

上の記事は、元々はTVアニメの『ガッチャマン クラウズ』に触発されて書いた記事だったのですが、記事自体の出来はあまり良くなく、私は他の人から幾つか批判を受けてしょげてしまった記憶のある苦い記事でした。思い返せば、私は以前カレー会の主催者にその記事の感想を伺っていました。もしかしたらその頃から私に目を付けていたのかと驚きつつも、私は言葉を濁します。

「でも、この記事は見ての通りあまり出来がよくないですし、そちらの迷惑になると思うのですが……」

すると、これに対しても私の予想を超えた返答が返ってきました。

「大丈夫です。さいむさんについて、僕たちは磨けば光ると思っています。なので、記事が完成するまで、ウチのサークルメンバー全員で手助けします」

「は、はぁ……」

「というか、さいむさんがまともな記事を書けるようになるまで、僕たちはあなたを死ぬほど鍛え上げます

「!?」

私はこの時点で、今回の寄稿依頼は今までのそれとは質が違うと気付きました。私の書いているものの質の低さを理解した上で、「さいむ」の書く原稿を求めている。しかもその質を同人誌のレベルに適合するまで鍛え上げるというのです。その上、個別の作品について深く取り上げないというのであれば、それは「さいむ」自身の能力により強く依存した内容にならざるをえません。「さいむ」という存在をここまで本格的に利用しようとするサークルは今までありませんでした。

私は思考を巡らせました。この人の寄稿依頼に乗ってしまえば、そこから先は『ぼっち侵略』とは無関係な仕事を延々とやらされることになるかもしれません。それは当時の「さいむ」にとっては本来最も避けるべきことでした。ただその一方で、ここまで一個人の面倒を徹底的に見ます、と宣言するサークルに出会ったのも初めてでした。私の能力の低さをそこまで受け止める覚悟をもって接してくれているのなら、例え『ぼっち侵略』についてでなくても書こうとする意味はあるかもしれません。考えた後、私はもう一つだけ質問しました。

「ヒーローについて書くということは『ぼっち侵略』については書けないということですよね?」

ダメです

最後の悩み所でした。『ぼっち侵略』に全く恩恵のない依頼を「さいむ」が受けてもいいのだろうか? ふと、去年の出来事が記憶に蘇りました。

「大体、さいむさんの書いてる文章には自分というものがないじゃないか」
「さいむさんは批評を書けばいいんじゃないかな。『ぼっち侵略』の批評を」

今から受ける依頼では、『ぼっち侵略』そのものについて見識を深めることはできない。しかし、『ぼっち侵略』について何かを書こうとする自分自身の在り方を見つめ直す機会は、これを逃したらもう無いのではないか。少なくとも当時の私にはそう思えました。

「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、書いてみようと思います」

こうして、私は「さいむ」最大の転換点となる『ヒーロー考』の執筆、そして私に寄稿依頼を出した同人サークル〈アレ★Club〉参加への第一歩を踏み出すことになったのです。(続)

次回:【第8回】覚醒(私が『ひとりぼっちの地球侵略』と共に辿り着いた「コンテンツ」の限界)

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[記事作成者:さいむ]