インターネット時代の新たなホラー:「SCP財団」について


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◆ジャンルとしての「ホラー」

皆さんは「ホラー」というジャンルが好きだろうか。私は昔から隙あらばホラーゲームやホラー映画に没頭したり、ホラー小説や怪談話などを読み漁ったり、あるいはそれらの情報を友達と共有したりしていた。今でも寝る前には必ずと言っていいほど怪談話をYouTubeなどで聞いてから寝ている。たまに話があまりに怖過ぎて眠れなくなる時もあるが、それはそれで日常にまた別の視点が織り込まれるような感覚になって楽しい。

ところで、心霊体験は、幽霊の実在性の話はともかくとして、少なくとも常世と幽世の境界を曖昧にするという意味で、私たちの想像力を喚起するものであると言えるだろう。したがって、「ホラー」というジャンルは、娯楽としての側面だけでなく、既知の世界を未知のものにするという側面をも秘めていると言える。

この「ホラー」というジャンルは、「メディア」の変遷と並行する形で日夜更新されている。実際、「VHS」が台頭したことにより、貞子はテレビから出てくるようになったし、「携帯電話」が社会に普及した結果、呪いの着信がかかってくるようになった。もう少し昔に遡れば、「不幸の手紙」が学校を中心に流行った時期もあった。比較的最近のものであれば、パソコンの普及に伴って2000年前後に登場した「赤い部屋」などがその系譜に連なるものであると言える。これらはどれも、基本的には「見たら寿命が縮まる」、あるいはもっと直接的に「見たら死ぬ」ことに繋がるものだ。

一見すると、新たなメディアの台頭・普及という過程は、常に新たなホラーを生み出し続けているように思えるが、むしろホラーとは、私たちの日常を取り巻くメディアに常に内在しているものであると言える(※1)。現代の怪談話でも、携帯に死者から着信があった、心霊写真が撮れたという話には枚挙に暇がない上、上記の観点からすれば、心霊スポットに行く話などは場所そのものが持つメディア的性質に幽霊が憑りついている話と言っても過言ではないだろう。

◆SCP財団について

こうしたメディアと幽霊の結び付きで、とりわけインターネット時代に特有とも言えるホラーサイトが存在する。それが、「SCP財団」と呼ばれるホラー創作サイトである(※2)。「SCP」とは平たく言えば怪奇現象のことで、「SCP財団」とはそれを確保(Secure)・収容(Contain)・保護(Protect)する目的のために作られた架空の財団であり、いわばアマチュアの執筆者が財団に所属する職員となって、そうした怪奇現象について客観的に書き記すことで生まれる恐怖感を共有するサイトである。そして、怪奇現象を引き起こす対象(=SCPオブジェクト)には、ぬいぐるみや電話機といったオーソドックスなものから、微生物やウイルスなどの小さなもの、町全体や宇宙に漂う惑星といった巨大なものまで含まれている。さらに、引き起こされる怪奇現象も様々で、単にホラーチックなものばかりではない。

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SCP-040-JP(©Ikr_4185)

例えば、SCP-040-JP(ねこですよろしくおねがいします)は、某県某所にある(という設定の)井戸小屋なのだが、人が肉眼でそこを覗くと、口を揃えて「猫が居た」と言うものである。しかし、カメラでその小屋の中を覗き込んでも、そこには何も存在しない。それでも小屋を覗いた人間は「猫が居た」という思い込みに執着するようになり、画像のような猫が居ると積極的に他者に触れ回るようになる(※3)

このような怪奇現象は、怖いと言えば確かに怖いが、それほど脅威的足りえないようにも思える。実際、SCP-040-JPのように対処法がしっかりと把握されているSCPであれば、脅威度(SCP上では「オブジェクトクラス」と表現される)は少なく「Safe」、つまり安全であると考えられている(※4)

しかし、「Euclid」(≒要注意)や「Keter」(≒危険)などに分類されるSCPは、SCP-040-JPのような無害なものではない場合が多い。例えばSCP-198(コーヒーを一杯)は、危険度こそ「Euclid」であるが、その異常性はなかなか恐ろしい。SCP-198はまず、観測するたびに様々な形を取る容器である。それは、時には発泡スチロールのコップであったり、またある時にはビール瓶であったり、あるいは特大のショットグラスであったりする。現在は青の縦縞が特徴的なコーヒー用のマグカップなのだが、SCP-198の異常性はそれを生きた人間が掴んだ時に現れる。生きた人間がSCP-198を掴むと、まず手がくっついて離せなくなる。次に、その人間は急に脱水症状に襲われ、衰弱し始め、24時間以内に適切な処置をしなければ死に至ることになる。すると、今度は手に掴んだSCP-198の内部に液体が込み上げてくるのだが、それは、SCP-198を掴んだ人間の唾液、汗、血液、胆汁、尿、糞便、その他それらが二つ以上合わさったものである。そして、その人間はそれを飲み続けないと死に至るのである。

◆インターネット時代のホラー

以上の話は、突拍子もない話のように思えるかもしれないが、これこそがまさにSCPが持つホラー性である。そして、その異常性が私たちの日常と地続きであるように描かれているという点が、SCPがまさにホラーたる証であると私には思える。つまり、この記事の冒頭部分で例に挙げた様々なメディア(携帯やビデオ、心霊スポットなど)が心霊現象を生み出しているという話と、SCPが生み出す様々なホラー性は、実は同じ構造であると考えられるのだ。

もちろん、SCPは正確には心霊現象ではない。しかし、SCP-040-JPやSCP-198で異常性を発揮する井戸小屋やマグカップなどは、私たちがビデオを見て貞子が這い出てくるテレビ画面や、非通知の死の着信、不可解な心霊現象が巻き起こる心霊スポットと同じく、既知のものを未知にするような性質を備えているのではないだろうか。

また、この「SCP財団」がインターネット時代特有の産物であると考えられるのは、それが単にインターネット由来のものであるというだけではない。SCPは、ホラーというジャンルが持つもう片方の側面、つまり娯楽的側面が、まさにSCPという総称を通じて、私たちの日常にある種の楽しみをもたらすものとして存在しているという点にあると思われる。

確かにSCPは、基本的に私たちに対して脅威をもたらすものとして執筆されている。しかしそれはある種の「語り」として他の財団員に「共有」される物語でもある。この構造は、私たちが日常で実際に心霊現象に遭遇したり、それを取り扱うホラー作品を見たり聞いたりして湧き出てきた恐怖感を、今度は他人に話してみたくなるという欲望と同じではないだろうか。この意味において、ホラーなどの怪奇現象は、コミュニティ維持にとって有益なものとなりえると言えるだろう。実際、昔からある怪談話はそのような機能を内包していたが、それは既存のコミュニティに対するものでしかなかった。

しかしSCPは、こうしたコミュニティを自ら作り出し、その活動範囲を広めていっているという点で、これまでのホラーコンテンツとは大きく異なっていると言える。つまり、そうしたホラーコンテンツは財団職員(=ネットユーザー)自身によって作られ、同様に彼らによって広められ、コミュニティの維持・管理を行っているのだ。まさにこの点にこそ、SCP財団が、インターネット時代の新たなホラーサイトとしての地位を際立たせる要因があるのではないだろうか(※5)

【註釈】
(※1)
実際、ドイツのメディア学者のF・キットラーは、電話の発明が幽霊の声を受信することを必然的に可能にしていたと述べている。また、メディア(media)という語の単数形メディウム(medium)には、霊媒という意味がある。

(※2)
SCPは、元々は2007年に「4ch」の超常現象板に投稿された加藤泉氏の『無題 2004』という作品の画像に、誰かが説明を書き加えたこと(後のSCP-173)が発祥である。

(※3)
財団はこれを「ミーム災害」と呼んでいる。

(※4)
財団は、対処法がしっかりと分かっている場合は「Safe」、未だ解明されていない性質が多く、なおかつ脅威度が高い場合は「Euclid」、さらに対処法がしっかり分からない、あるいは収容することが不可能、それでいて脅威度が著しいものを「Keter」という分類を行っている。したがって、もし新たなSCPを発見(記述)する場合、執筆者には上記のような脅威度の分類を行う必要がある。

(※5)
また、SCP記事の執筆者はあくまでアマチュアであるため、必ずしも誰もが面白いと思える記事を書けるとは限らない。それを補うために、全ての記事には「投票システム」が導入されており、低品質であると判断された記事は自動的に削除されるようになっている。さらに、そうした投票システムとは別に「批評」というシステムも導入されており、記事内の出来事の整合性を保ったり、特定の学問的知見から見た場合に矛盾する記述がないか等を精査したりできるような仕組みになっている。これらが総合的にうまく機能した結果、現在でもなおSCP財団はインターネット時代のホラーサイトとして稀有な地位を獲得していると考えられるのだ。

【本記事で取り上げたSCPオブジェクト】
以下は「SCP財団」から

・SCP-173 by Moto42
http://ja.scp-wiki.net/scp-173

・SCP-198 by Soulbane
http://ja.scp-wiki.net/scp-198

・SCP-40-JP by Ikr_4185
http://ja.scp-wiki.net/scp-040-jp

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財団のカードなど、ファングッズも存在している。ちょっとしたジョークグッズかもしれないが、これも「共有」の表れなのかもしれない

[記事作成者:山下泰春]