「星空」がもたらす想像力とエネルギー:北海道地震の停電から考える【「数字」から垣間見る過去(第4回)】


前回:藁にも頼りたくなるとき:「幽霊」はどこにいったのか【「数字」から垣間見る過去(第3回)】

◆星がモチーフの街

この連載を企画した当初から、星空を見るということについて語ろうと筆者は思っていた。そうした中で北海道で最大震度7を記録する地震が起こり、大規模な停電が起こって、多くの人が図らずもそれまで見たことのないような星空を見ることとなった。まずは話の本筋に入る前に、今回の地震で被災された方に応援の言葉をかけさせていただきたい。

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札幌市の時計台にも、実は赤い星が付いている。

筆者もかつては札幌に住んでいたことがあり、その土地の空気をある程度理解しているつもりだ。札幌に住んでいた時はそれが普通だと思っていて、本州に出てきてから実は特別だったのだと気付かされたことが一つある。札幌では、様々なモノのモチーフに人ではなく星が使われているのだ。サッポロビールのエンブレムに星が使われているというだけでなく、学校や商業施設などの名前にも星、特に北斗七星を用いたモノが多くあるように思う。

札幌で様々な場所で使われる星の由来にあるのが、開拓使のシンボルとしての「赤い五稜星」なのだという(※1)。この赤い五稜星は北極星をイメージしたものであり、1869年に北海道開拓使が設置される際の「北辰旗」に用いられたのが始まりらしい。

 

そして、この北辰旗のモチーフは現在の北海道旗にも受け継がれている。現在の北海道旗は昭和42年5月1日に制定されたもので、そのデザインには以下のような意図が込められている。

道旗は、開拓使が使用した北辰旗と、当時着想されていた七稜星のイメージを現代的に表現したもので、地色の濃紺は北の海や空を意味し、星を囲む白は光輝と風雪を表し、七光星の赤は道民の不屈のエネルギーを、またその光芒は未来への発展を象徴したものです。(※2)

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現在の北海道旗。

道民の不屈のエネルギーが、今回の困難をも乗り越えることを筆者は確信している(とはいえ、電力問題などについては「頑張れ」の一言で済ませるわけにもいかず、日本一丸となっての支援が必要だと筆者は思う。だが、本稿ではその問題には踏み込まない)。

◆星の持つ力

しかし、なぜ星がモチーフに選ばれたのだろうか。とある本州生まれ本州育ちの知人に尋ねたところ「歴史がないから」と答えられてしまったが、北海道でもアイヌ民族が昔から暮らしていたわけで、彼らが残してきたものについて札幌に居た時に学校で学んだ筆者としては、そうした答えには違和感を覚えた。歴史をモチーフにすることもできたはずなのである(現に、北海道の地名は多くがアイヌ語由来だ)。

つまり、この赤い星は北海道の様々な場所で愛され続けてきたわけだから、消極的に仕方なく星を選んだというのでもない、何かしら愛される理由があるように思うのである。なぜ、赤い星は愛され続けてきたのか。

これは筆者の考えだが、そもそも星空に人々を支える力があるからではないだろうか。人が築き上げたものは儚いが、その一方で星空は遥かに強固にそこ在り続ける。地上の栄枯盛衰とは関係なく、星空は私たちの傍にあり続けてくれる。何も求めず、何も求められず、何もしない確固とした隣人として星々は在るのだ。様々なものが移ろいゆく中で、そうした動かざるものが在るということの安心感を星空はもたらしてくれる。これは、冒頭で述べた満天の星空を見た人々の感想(※3)にも通じているかもしれない。

加えて、現在では人間が持つ宇宙に関しての知識の量もかつてなく多くなってきている。星空を縦断する天の川が銀河の円盤面であるということ、天の川が星空を縦断しているのは私たちの太陽系が天の川に対して約60度傾いているからだということを、私たちは知っている。そうした知識を持って夜空を見ることで、私たちは夜空の側から私たちがどう見えるかという視点を想像することができる。その視点から地球上の様々な物事を見るということも、私たちの気分を入れ替えてくれる。

◆しかし、星空を見るのは難しい

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光害.net」より引用。関東地方は全滅状態である。

だが、現代の都市部において、星空を見るということは気軽にできることではない。それは、都市の光が空を明るくしているために、暗い大部分の星々を隠してしまうからである。確かに私たちは電気のない生活はもはや不可能なわけで(※4)、光害が発生するのは仕方がないことだと思われる。だとすれば、どこに行けば星空を見ることができるのだろうか。

そこで役に立つのが「光害マップ」である(※5)。これは、世界中のどこにどれだけの光害が発生しているかを示すもので、この地図を見ることで星を綺麗に見ることができる場所が分かるというわけだ。

このような光害マップを見ることで分かるのは「星空がどこで見られるか」だけではない。過去の光害マップを見ることで、都市が現在と過去とでどれほど異なるかも分かるのだ。下はアメリカで作られた過去と現在での光害マップである(※6)。この結果から、アメリカでは約半世紀でものすごい勢いで光害が広がっていったことが分かる。

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アメリカの光害の状況。

「ものすごい」という曖昧な書き方をした根拠は、この勢いがアメリカの人口増加以上の勢いだからだ。アメリカの人口はGoogleの情報によると、1950年代で約1.5億、2018年現在で約3.3億であるから、高々2倍と少しにしかなっていない(※7)。しかし、上の図(2018年の状態は乗っていないが)をざっくりと見ただけでも、人口増加よりもさらに急激な勢いで光害が広まっているということは容易に推測できるだろう。

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アメリカの人口の推移。

今の感覚で過去の国の人口を考えると見誤ることになる。しかし、光害の広まりは人口の変化どころではないのだ。

どうしても私たちは手元にある情報から過去を考えてしまいがちであり、加えて手元にある情報というのはとても限られたものだ。しかし、そこにこうした情報を加えてくることで、見えてくるものもあるだろう。

◆果たして現代は遠くを見るのが難しい時代か?

筆者は子供の頃によく星空を見て宇宙の謎などに興味を持ち、そこから紆余曲折を経て学者くずれにまでなってしまった人間だ。様々なことがあったが、常に遠くを見て、より遠くへ、さらに遠くへと手を伸ばし続けてきた。遠くを見ることは、自分を奮い立たせ、そして慰めてくれることだった。そうした「遠くを見る」習慣の根本に、札幌で見た冬の星空があるように感じる。だがしかし、もし筆者が子供の頃に星空を見ることができなかったとしたらどうだったろうか。おそらく、筆者は全く違う人間になっていたはずだ。

実際、この記事を書こうと思った発端も「先日札幌に行った際に見えた星空が、記憶にあったものよりも遥かに貧しかったから」というものだったりする。そしてこの記事で見たデータから察するに、おそらくそれは気のせいではないのだ。

星空がもっとよく見えた時代と、星空がよく見えなくなった時代では、それによってどのような違いがあるのだろうか。旅先で普段よりもきれいな星空を見る機会があったら、そういったことを考えてみるのもいいかもしれない。

秋は星空が寂しい季節だ。

【註釈】
(※1)
赤い星 | ようこそさっぽろ 北海道札幌市観光案内
http://www.sapporo.travel/choose/keywords/red-star/

(※2)
北海道のホームページ/北海道の概要 -シンボル- | 北海道庁
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/overview/symbol.htm

(※3)
北海道の大停電で、街が暗くなり満点の星空に。「元気でた!」「泣けるぐらい綺麗」の声|BIGLOBEニュース
https://news.biglobe.ne.jp/trend/0907/9pt_180907_6655515797.html

(※4)
北海道震度7:300を超す病院で停電続く – 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180907/k00/00e/040/314000c

(※5)
光害.net
http://hikarigai.net/fact_atlas2016.html
The New World Atlas of Artificial Sky Brightness | CIRES
https://cires.colorado.edu/Artificial-light

(※6)
Growth of Light Pollution – Night Skies (U.S. National Park Service)
https://www.nps.gov/subjects/nightskies/growth.htm

(※7)
https://www.google.com/search?ei=lL-UW4D2FYTK8wXTzoGwBg&q=アメリカ+人口&oq=アメリカ+人口&gs_l=psy-ab.3..35i39k1j0i7i30k1l2j0l3j0i7i30k1l2.286189.287058.0.287337.4.3.1.0.0.0.110.293.2j1.3.0….0…1.1j4.64.psy-ab..0.4.298….0.e5kGv_h_mkY

次回:フラッシュバックする現実と憧れ:文化住宅・リシン吹付け・サイディング【「数字」から垣間見る過去(第5回)】

[記事作成者:市川遊佐]