『ドゥルーズ哲学のエッセンス』:人文学の役割とは?【山下泰春の「入門書」入門(第11回)】

◆頭の良い人は複雑な問題を単純化して伝える「だけ」か? しばしば「複雑な問題を単純化して考える/伝える」ことは「頭の良い人」の特徴だ、とよく言われる。確かにそれは、一方では事実だろう。概念に振り回され、中身を伴わない言葉 […]

『アダム・スミス』:「神の見えざる手」の正体とは何か?【山下泰春の「入門書」入門(番外編)】

◆アダム・スミスという思想家について 「古典派経済学」の父と名高いアダム・スミス(1723~1790)は、極めて数多くの誤解・誤読に晒されてきた人物の一人だ。その一例が「神の見えざる手」という、彼の思想を端的に表現する言 […]

『生まれてきたことが苦しいあなたに:最強のペシミスト・シオランの思想』【山下泰春の「入門書」入門(第10回)】

◆古典の先生との話 突然だが、私は高校生の頃、ずっと「死にたい」と思って通学していた。中学を卒業後、張り切って進学校に入学したのはいいが、勉強があまり出来ず、さらには友人関係でも数多くの失敗をやらかしてきたため、高校で自 […]

『バタイユ入門』:理性と非理性の深淵の思考【山下泰春の「入門書」入門(第9回)】

◆バタイユとは「誰」か かつてドイツの哲学者フィヒテは「人がどのような哲学を選ぶかは、彼がどのような人間であるかにかかっている」と述べたことがあるが、「人がジョルジュ・バタイユを経由した時に何を感じるか」は、個人的にはそ […]

『ラカンはこう読め!』:〈大文字の他者〉とは何者か【山下泰春の「入門書」入門(第8回)】

◆何となく、気まずい…… 皆さんはこんな経験をしたことがないだろうか。例えば、あまり親しくはない人と二人で時間を潰さなくてはならなくなり、会話を試みようとするのだが、それも長くは続かず、沈黙が訪れて何となく気まずい空気に […]

『命題コレクション 社会学』:社会は一体どこにある?【山下泰春の「入門書」入門(第7回)】

◆「社会」は一体どこにある? Societyという語を「社会」と訳したのは明治時代のことであった。それを今の私たちは何も疑うことなく、「社会」という語を日常的に使い、話している。例えば、社会科学、社会制度、社会福祉、社会 […]

【第3回】安丸良夫『出口なお:女性教祖と救済思想』について (日本人の「勤勉さ」と近世後期の新宗教)

前回:【第2回】小沢浩『生き神の思想史』について(日本人の「勤勉さ」と近世後期の新宗教) ◆前回の内容 前回、筆者は小沢浩『生き神の思想史』(岩波書店,2010)を参照して以下の二点を概観した。まず第一に、近世の民衆には […]

【第9回】〈アレ★Club〉と『ぼっち侵略』(前編)(私が『ひとりぼっちの地球侵略』と共に辿り着いた「コンテンツ」の限界)

前回:【第8回】覚醒(私が『ひとりぼっちの地球侵略』と共に辿り着いた「コンテンツ」の限界) ※注意:今回、記事中にさいむが〈アレ★Club〉のメンバーから投稿原稿の査読を受ける場面がありますが、本稿における〈アレ★Clu […]

【第2回】小沢浩『生き神の思想史』について(日本人の「勤勉さ」と近世後期の新宗教)

前回:【第1回】近世後期の新宗教と民衆思想の概説(日本人の「勤勉さ」と近世後期の新宗教) ◆前回の内容と今回のテーマ 前回、筆者は安丸良夫『日本の近代化と民衆思想』(青木書店 1974年9月)を通し、江戸時代の勤勉革命を […]

【第1回】近世後期の新宗教と民衆思想の概説(日本人の「勤勉さ」と近世後期の新宗教)

◆はじめに:「勤勉」神話の起源を求めて 日本人は勤勉であるとしばしば言われる。日本人にとって馴染みのある「過労死」という単語が英語ではそのまま「karoshi」と翻訳される点や、サービス残業や長時間勤務といった労働問題が […]